樋口一葉終焉の地

2017年12月26日

初めてスポットに関する情報をお届け~します。

樋口一葉終焉の地

樋口一葉といえば「5000円札のひとだ!!」このイメージにつきますね(笑)

しかし、樋口一葉さんが西片に住んでいたことはあまり知られていないのではないでしょうか?

僕は知りませんでした(笑)

樋口一葉さんどんな人なんでしょうか?

ざっくりまとめました。

1872年

樋口一葉さんは、現在の東京都千代田区内幸町に生まれたそうです。

1881年

幼少期から優秀で、小学校の成績は首席だったそうです。

しかし、樋口一葉さんの母親は「女に学問は不要」と主張したため小学校を退学させられてしまったそうです。

のちに「悲しく辛い出来事だった」と日記に残しています。

1886年

ショックを受けている娘を見た、父親は「萩の舎」という歌塾に通わせます。

ここで、和歌や古典を学んだそうです。

1891年

樋口一葉はプロの小説家になろうと手新聞社の専属作家・半井桃水(なからい とうすい)の元で勉強をします。

20歳で「闇桜」を書き、念願の小説家デビューをしました。

1895年

大ヒット作「たけくらべ」が掲載されると、森鴎外(もりおうがい)から大絶賛を受け、人気作家となりました

その後

人気作を次々と発表しますが、結核を患い1896年11月に24歳でこの世を去りました。

 

24歳という若さで亡くなってしまったんですね。

そんな樋口一葉さんですが、約10年間現在の文京区内に住んでいました。

そして、こちらが樋口一葉さんが住んでいたと思われる跡地です。

樋口一葉の跡地

こんなところに住んでいたんですね。全く知りませんでした。(笑)

皆さんも足を運んでみてください!!

ではでは~